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インスタを見て泣いている人がいる!?

インスタを見て泣いている人がいる!?

エッセイ

写真や動画を共有するSNS「インスタグラム(通称インスタ)」を利用していると、フォロワーの投稿に限らず、おすすめや人気の投稿がタイムラインに表示されます。
中には、幸せいっぱいの写真を投稿するユーザーも見受けられます。たとえば、高級車を納車したとか、家族で海外旅行に出かけたといった写真など。
なぜ人はそのような写真を投稿するのでしょうか。
もちろん、「投稿したいから」「友人に近況を共有したいから」といった素直な動機からでしょうが。一方で、それらの投稿は、実際の幸せというよりも、投稿することで他者との相対的な幸せを得ているのかもしれません。
そんな投稿を目にするたびに、私はミスチルの楽曲「Party is over」の歌詞を思い出します。

泣いてる人の前で
シャンパン開けてはしゃぐような
君じゃないだろう

この歌詞が、SNSにおける「幸せいっぱいの投稿」が、不幸な人への見せびらかしに映ることを直接表現しているかどうかは不明です。
しかし、少なくとも私はそう連想します。

幸せは享受できないもの!?

偶然にも他人の幸せな投稿を目にしたことで、不幸せな気持ちや寂しさを感じる人がいるかもしれません。
そう考えると、人の幸せとは当事者同士だけで共有すべきものなのでしょうか。
否むしろ、個人の幸せを他者と共有し、分かち合うことができるなら、世界平和が訪れるのではないかとさえ思います。
しかし、人間の感情はそう単純ではないようです。
幸せは絶対的な尺度で感じるよりも、他者との比較という相対的な尺度で感じることが多い。そして、投稿者側から受け手側に変わったとき、以前感じていた幸せを喪失したような感覚に陥ります。
こうした感情の仕組みこそが、世界平和がなかなか訪れない理由のひとつのように感じます。