
急に具合が悪くなる
ドラマ
「急に具合が悪くなる」は、世界三大映画祭すべての主要賞を獲得、『ドライブ・マイ・カー』でアカデミー賞®国際長編映画賞に輝き、世界中の映画ファンが待望していた濱口竜介監督の最新作となります。
日本、フランス、ベルギー、ドイツによる国際共同製作で、濱口監督にとっては初の海外ロケ作品となり、3度目のカンヌ国際映画祭コンペティション部門に選出された作品です。
そんな「急に具合が悪くなる」は、表現したいテーマが複数あり、鑑賞者によってどこを摘んで何を想うかがバラバラであると感じました。
そのなかで私が印象的だったシーンと、その感想を書きます。
助けてほしいのは要介護者だけではない
パリ郊外の介護施設「⾃由の庭」の施設長であるマリー=ルーは、その施設の利用者をどうサポートするかを介護士に教示します。
介護士は利用者の身体を手で触れ、目を見ながら話しかけることで、利用者の警戒心が解けて大切であると。
でもそれは現代社会にとって、何も要介護者だけに留まらず、どんな人への接し方として大切なことで、もはや欠如しているのではないでしょうか。。
資本主義社会の資本家によって、ヒトは都合の良い労働者となり、「モノ」となったことで起きたアイデンティティーの欠如。人間らしさ、動物らしさの営みの欠如。それを補うべく、または本来の関係性に戻るべく「触る」「見る」「話す」行為があるのでは。
その象徴として、施設の中庭で老若男女問わず、介護士、利用者が裸足になってお互いの足の裏をマッサージするシーンは原始的な営みで、そこに犬も加わると理想郷の縮図のように感じます。
資本主義社会で複雑性を増した社会とは両端に位置するものと受け取れました。
なぜ死ぬことは怖いのか
この作品は「ヒト」の運命を現実的に描いた作品で、ヒトが老いてボケて、やがては死を迎える運命の一部始終を単純に描いた作品です。現実を生きてるのに「なぜ現実を知ることはこうも辛いのか」と感じさせます。
真理は末期がん患者で、ある日を境に急激に体調が悪くなり、死を意識します。
そこで、日本の京都で治療を受けながら最期を迎えるか、またはその時期に出会って意気投合したマリー=ルーの元で最期を迎えるか選びます。
死が近いことを自覚しているなかで、真理はマリー=ルーに「死ぬのが怖い」と伝えます。
なぜヒトは死ぬことが怖いのだろうと、改めて考えさせられたシーンです。
「死ぬ直前の肉体的な痛みが怖いからか」
「死ぬ世界を孤独で向かうから怖いのか」
「意識が遠のいていくのが怖いか」
「生命の灯びが消え失せて無になるのが怖いのか」
答えはひとつではないし、複数あって複合的のように感じます。
真理が最期を京都ではなく、マリー=ルーがいるフランスの施設を選び、寄り添うことを選んだことがその「怖さ」を緩和させるためのひとつの答えではないでしょうか。
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こn施設長であるリー=ル
