cotoblog

彼女のいない部屋

彼女のいない部屋

ドラマ

東京渋谷のBunkamuraで鑑賞しました。
作品のカット割りが未来、現在、過去の時間軸から場所の物理的にまで行き来する、パラレルワールドで展開します。
それ故に難解ではありますが、観終わった後の底知れぬ感動を味わうことができる作品です。
個人的には今まで観た映画の中で上位に入り、お勧めです。

作品内容

作品の冒頭からマルク一家の妻であるクラリスが、2人の子どもを持つ母親でありながらも家出をするシーンで始まります。
この作品のキャッチコピーである「家出をした女性の物語、のようだ」そのままです。
では、なぜクラリスが家出をしたか。
夫マルクの甲斐性なしに嫌気が差したのか、あるいは子育てに疲れたのか、さらには単なる一時の気休めなのか、その真相を探る作品かと思いきや、違います。
家出をしたのはクラリスではなくクラリス以外の3人で、クラリスは家を出ざるを得ない状況だったということになります。
もう少し詳しく書くと、クラリス以外の3人はクラリスが家出をする前に雪山を遊んでる最中に遭難に遭い、遺体となって見つかります。
つまり、作品のストーリーで綴られる3人の言動は全てクラリスの妄想となります。
それらの展開をカット割りの手法で、断片的にパズルのピースをはめていくが如く進んでいくのが芸術作品として昇華させます。

記憶するということ

この作品を鑑賞して感じたのは、人間には物事を記憶することができて、その記憶を頼りに現在、未来を想像することができるということです。
妻であり母親でもあるクラリスはその特性を活かして、3人を失った喪失感を埋めるために頭の中で一家の物語を創作します。
母親という立場から家で起きる出来事の中心人物として、夫や子どもの特徴、言動、癖などを摘み取ることができるのでしょう。母親は強し。そんな感想も持つことができます。

物や場所は残る

さらにその場所には残像が残り続けます。
人はいつか死んで物体としては無になりますが、物や場所は残ります。
3人を失ったクラリスは、一家が住んでた家が存在する限り一家の残像と生活することができるのではないでしょうか。
その思い出に浸って喪失感で悲しむほど、人間にとって悲しいことはないと感じました。
一方で、思い出に浸って笑うこと、いわゆる思い出し笑いは至福のことであるということも。

引っ越す他ない

その家に居続ける限り、残像が残り続けるのであれば、それを払拭するには家を出る他ないのではないでしょうか。
例えばそれは人に限らず、飼っているペットが亡くなった場合でも。
最後のシーンでクラリスがその家から引っ越して終わりますが、思い出す辛さを少しでも払拭するためには仕様がなかった手段であったと読み取れます。