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希望の灯り

希望の灯り

ドラマ

今年鑑賞した映画で上位に入る作品でした。映像、音楽、ストーリー全てが良かったのでお勧めです。
まず映像については、スタンリー・キューブリック監督の作品に強く影響を受けたかのように一点透視図法を用いた映像が所々に。
それは舞台が巨大なスーパーマーケットで、陳列されてる棚が等間隔だからという理由もありますが、その映像手法が綺麗で、かつカメラを停止するカメラワークが多かったのでより映えました。
※一点透視図法とは奥行き方向の線が、全て消失点という一点に収束するように放射状になっている構図。
「キューブリック作品がいかに一点透視図法を使っているかがわかるムービー」

もう終わりだよこの国はの先の世界

この作品の舞台は大型スーパーマーケットで、そこで働く従業員の生活を映し出した作品です。
そのスーパーマーケットの場所が東西ドイツ統一される前の東ドイツに位置している点と、仕事内容が決して華やかでない機械的作業を主とした点から、どこか排他的で陰鬱さが作品全体に漂っています。
さらに主人公は無口な青年で、仕事中にフォークリフトを操作している表情を見ると楽しそうには見えないが、実は心底楽しんでいるという掴みどころのない人物となります。
個人的にこの作品のポイントと感じたのは、

  • 従業員が仕事を終えて控室で話すシーン「仕事終わりに一杯のお酒を飲めればそれで幸せ」
  • 最後のシーンで、亡くなった同僚が生前に話してた「フォークリフトをてっぺんまで上げてから下にゆっくり下ろしたときに聞こえる音が海の波が流れるようだ」と、その音を聞いて「こんな音がしてたなんて気づかなかった」

になります。
それらは日常の捉え方や気付き次第で人生を謳歌することができて、新たな発見を得ることができることを示しています。
そこにはテレビ番組に映る華やかなシチュエーションはないし、アクション映画のような派手なことが起こらない、ただ単に日常を慈しむシーンに映ります。
一方で、排他的な世界ではその日常しか存在しないとも感じました。
それは日本のSNSのどこかしこで発信されている、「もう終わりだよこの国は」の将来を暗示している社会だと感じました。
そして、亡くなった同僚の葬式に参列した仲間のどこか悲しんでない表情は、家族を持たない、あるいは友達がいない孤独者の最後を表現してるようで、暗澹たる思いさえしました。
映画名の「希望の灯り」は何処へと。