
はちどり
ドラマ
とても良い作品でした。
作品が説明的でないため個人による自由な解釈ができる、そんな作品でした。
青春時代は単に美化できない
大人になってから過去の青春時代を振り返ったとき、「あの頃に戻りたい」と思われる方がいるのではないでしょうか。
僕はそうは思っていなく、たとえ戻ることができたとしても戻らなくてもよいと思っています。
「はちどり」はその理由を表現した作品であるというのが第一の感想になります。
主人公ウニは中学2年生で、その周りはいわば多感な時期を迎えている少年、少女となります。
多感な時期というと聞こえが良いように感じますが、要は心情がすぐに移ろう時期でそれによって裏切りが簡単に起きます。
さらにウニの家族に目を向けても両親や兄姉から理不尽な言動を受けます。それに対してウニは地団駄を踏む以外に成す術がないことが、より青春時代の世界の狭さを感じさせます。
このように人間生成が進行形で行われている時期から受ける裏切りや非合理的な経験は、大人になってからも尾を引くのではないでしょうか。
その点が青春時代に戻らなくもよいと思う所以です。
一方でウニ自身に目を向けると、最後のシーンでそんな周囲からは一線を画していて、独り違う世界を生きてるような演出で終わりますが、またウニも先生のことを忘れてしまうと予想じました。
つまり恋人関係や友人関係で心の移ろいにより疎遠になるように、時が経てば先生のことも忘れてしまうのではと。
背中で語る
説明的でないというのはカメラワークにも表れてます。
主人公のウニの表情を全面的に映すシーンはあるものの、登場人物を遠くから撮影するシーンや、会話だけを切り取りカメラはその人物を映さない。あるいはカット数が少なく、日本のドラマのように登場人物の会話ごとにカットを切り替えて人物を映し出すシーンが稀でした。
その上で登場人物の後ろ姿を映すシーンが多く、それのどれもが寂しさ、頼りなさを感じさせる点が印象に残っています。
「背中で語る」という言葉は意気揚々とした姿を形容していますが、それとは真逆の意味で映し出されていて。
誰しもが毎日鏡を見て、自分の顔を確認して身なりを整えますが、後ろ姿の確認は疎かになっていることに気付かされます。
自分の後ろ姿は他人からはどう映っているのだろうと。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
冒頭にも述べましたが、作品が説明的でないため自由に感想を書くことができました。
作品が伝えたかった意図とは異なるかもしれないですが、一方で作り手としては感想が広範囲であることは本望でもあると思っています。
