cotoblog

家へ帰ろう

家へ帰ろう

ドラマ

この映画を観ると、人は良い意味でも悪い意味でも変わらないということ。
それが吉となってユダヤ人である主人公のアブラハムが、ホロコーストの際に命を助けられた親友のピオトレックと70年ぶりに会うことができたのではと感じます。
それはアブラハムの父親がポーランドで洋服の仕立て屋として働いていて、ピオトレックの父親もその下で働いていた。
そのお店が後にピオトレック家のものとなる。
そこで、アブラハムは父親と同じ仕事を異国の地であるアルゼンチンで営み、ピオトレックもポーランドの仕立て屋の家業を継いでるという条件のもとで再会を果たすことができる。
つまり、生き方や環境が変わらなかったら果たすことができたといえるのではないでしょうか。
一方で、人の行動や感情は流転していく。
88年も生きれば、もはや幼少期の頃なんてほぼ覚えてないし、言動も思考も環境も変わっていく。
その中でも、当時の親友と最期に再会したいという感情を持ち続けることができる、それこそがこの映画で伝えたかったことではないでしょうか。
さらに再会を果たすことができたのみならず、ピオトレックの「家へ帰ろう」というひと言が脚本の素晴らしさを物語っています。
「さぁ家に入ろう」「家で休憩しよう」ではなく、「帰ろう」という言葉がピオトレックもアブラハムの再会を待っていたし、あのときと変わってないことを物語っています。
最後に余談として、アブラハムがアルゼンチンからヨーロッパへ旅立った際に機内で出会った青年のレオナルドが、元日本代表サッカー選手の中村憲剛さんに似てると思いました。