
ミスチル「KIND OF LOVE」発売から30年でミスチルの礎を築いたアルバムだったのか検証してみた
KIND OF LOVE
ミスチル2枚目のアルバム「KIND OF LOVE」が1992年12月1日に発売されてからちょうど30年が経ちました。
その「KIND OF LOVE」についてミスチルご自身は、楽曲制作する上での試みや技術がその後のミスチルの礎を築いた作品であると認知してるようです。
では、このアルバムでの試みとその後の楽曲制作の影響について紐解いて整理してみます。
小林武史さんとの関係性
ミスチルは1991年5月10日にリリースされたアルバム「EVERYTHING」でメジャーデビューを果たしました。
ご存知の通り、そのデビューアルバムからプロデューサーとして小林武史さんを招聘して、楽曲アレンジ、あるいはプロデュースワークを共に行います。
ただしアルバム「EVERYTHING」に限ると、小林さんはそこまで楽曲に対して深入りしなかったようです。アルバム収録曲が、ほぼミスチルがインディーズの頃に制作された楽曲であることからもそのことが窺えます。
さらにお互いが初対面で、バンドの今後の方向性や各メンバーの演奏スタイルについて手探り期間であったからという点も理由のひとつとして考えられます。
そのミスチルと小林さんとの関係が2枚目のアルバム「KIND OF LOVE」から深くなります。正確には桜井さんと小林さんとの関係が深くなります。
制作スタイルの変更
「KIND OF LOVE」に収録されている楽曲の多くは小林さんのご自宅やホテルなどで制作されました。
メロディと歌詞、ならびに楽曲の構成について桜井さんと小林さんで共同制作して、さらに楽器の演奏もギターは桜井さん、ベースとドラムを打ち込みで小林さんが作る制作スタイルで、他のメンバーには2人が完成させたデモテープを聞かせて、それをなぞるようにレコーディングしたようです。
それに異を唱えたのがレコード会社の人たちで、「もっとバンドで楽曲を制作するべきだ」と話されたようです。
それでもその当時は楽曲のレベルを上げることが大事な時期というお互いの認識のもと、その制作スタイルのままアルバムを完成させたようです。
「All by myself」「BLUE」の存在感
ミスチルをデビュー時期から知ってる方、あるいはアルバム「EVERYTHING」から遡って聴いてみると、「KIND OF LOVE」に収録されている1曲目「虹の彼方へ」は、アルバム「EVERYTHING」からの音楽を踏襲したポップな楽曲だと感じるのではないでしょうか。
それが2曲目「All by myself」から曲調がガラリと変わります。加えて3曲目「BLUE」も同様です。
それら2曲は初めてマイナーコード、半音コードを駆使した楽曲となるのではないでしょうか。「虹の彼方へ」のような爽快なサビとは相反して、その2曲は何とも煮えきらない展開を歌詞とコードで表現しています。
All by myself
傷つくたびに 失うたびに
問いかけてるよ Be calm, Be cool
引き返せない Ah 悲しみも
僕の瞳で見つめて
BLUE
別れた後の Ah 悲しみが
また僕の 心を戸惑いの中に
そして 今日も BLUE
この表現はその当時に桜井さんにはなかったもの、小林さんによって引き出された新たな表現になるのではないでしょうか。
この世界観こそが、その後の
- here comes my love
- 渇いたkiss
- Another Story
に通じるのではないでしょうか。
「抱きしめたい」はイントロも秀逸
アルバム「KIND OF LOVE」の4曲目に収録されている「抱きしめたい」は、「KIND OF LOVE」を知らない方も聴いたことがある楽曲かと思います。
過去に多くのツアーで演奏されて、ミスチルのラブソングとして、あるいは邦楽のラブソングとしても名を馳せる楽曲となります。
「抱きしめたい」の制作経緯は、桜井さんが友人でもあるJUN SKY WALKER(S)ボーカル宮田和弥さんの結婚式で歌うために作られたもので、結局はその結婚式では歌わずにミスチルに持ち帰ってレコーディングされました。
そんな「抱きしめたい」の特徴としてサビのキャッチーなメロディと歌詞がクローズアップされますが、実はイントロのベースとシンセで作り出すムーディーなアレンジは、デビューアルバム「EVERYTHING」にはない、まさしく小林さんによるものだと思います。
イントロだけで楽曲の世界観を表現するその技術は、その後の
- Sign
- しるし
- 口笛
に繋がってるように感じます。
「グッバイ・マイ・グルーミーデイズ」で新境地へ
「抱きしめたい」の次に収録されている「グッバイ・マイ・グルーミーデイズ」もミスチルの新境地ではないでしょうか。軽快なリズムとサイドギターが織りなすバンドアレンジはジャズを彷彿とさせます。
「グッバイ・マイ・グルーミーデイズ」は1992年8月21日に発売されたミスチルの1stシングル「君がいた夏」のカップリング曲として収録されました。
メンバーの年齢は当時22、23歳で、その若さでこの演奏はレベルが高いと感じます。
しかし、前述のとおりその当時の楽曲制作スタイルは桜井さんがギターを弾き、それ以外の楽器は小林さんによる打ち込みかシンセで、そこで出来上がったデモテープをメンバーに渡し、練習するというものでした。
その際、もし打ち込みでの音の方が良いと判断すればそちらを採用したらしく。そのため、もしかしたら「グッバイ・マイ・グルーミーデイズ」の音は生音ではなく打ち込み音であった可能性も否めません。
そうは言ってもこのジャジーな楽曲は、その後の
- PIANO MAN
- I'm talking about lovin'
- インマイタウン
に繋がります。
「Distance」で陰鬱な世界観を
次に収録されている「Distance」は「All by myself」「BLUE」同様にマイナー調で、それら2曲と比較すると陰鬱な空気感を醸し出しています。
ミスチルが単にポップな歌を、あるいはラブソングだけを歌うバンドではないことはファンならずとも周知であるとは思いますが、その「陽」の反対で「陰」の世界観を歌として表現した初めての楽曲ではないでしょうか。
見慣れた街を 背に
哀しみを 胸に
今夜 最後の moonlight driving
この楽曲の「陰」の世界は、その後の
- Pink 〜奇妙な夢
- ALIVE
- Bird Cage
などに繋がっていきます。
「車の中でかくれてキスをしよう」で新しいアレンジの試みを
次に収録されている「車の中でかくれてキスをしよう」はミスチルがインディーズの頃から存在してた楽曲で、桜井さんには珍しく歌詞から先に制作しました。
通常、桜井さんが楽曲を作るときは曲から作ります。つまりメロディを作った上でそのメロディに歌詞を当てはめていきますが、「車の中でかくれてキスをしよう」では歌詞から先に作りました。
それ以降で歌詞から先に作った楽曲はアルバム「DISCOVERY」に収録されている「I'll be」となります。
そんな「車の中でかくれてキスをしよう」のアレンジは今のミスチルをご存知の方なら何も違和感は覚えないアコギとピアノ、その他弦楽器の構成となっています。
つまり、ドラム、ベース、エレキギターのバンド構成ではない楽曲で、「ミスチルはバンドなのにどううして!?」など、その当時は思ったとしても今はそう思われるファンの方はいないのではないでしょうか。
それほど
- ファスナー
- losstime
- Dear wonderful world
などバンド構成でない楽曲を制作されます。
さらに楽曲の構成で、イントロから1番のメロディまではギターとピアノ、弦楽器のみなど少数のパートで始まる楽曲もあります。
前述した「I'll be」「ポケットカスタネット」「風と星とメビウスの輪」などで、楽曲重視の傾向から幅広いアレンジや構成を実現できるのもミスチルならではです。
その先駆けが「車の中でかくれてキスをしよう」だと思われます。
「思春期の夏」では多楽器に
次に収録されている「思春期の夏 〜君との恋が今も牧場に〜」は初めてJENさんがボーカルを務めました。さらに作曲もJENさんと小林さんの共作となります。
JENさんが作曲された楽曲は、その後
- Asia(エイジア)
- #2601
で、JENさんがボーカルを務めたのは
- 逃亡者
となります。
それらのことからその後のミスチルに影響を及ぼしたことは事実ではありますが、個人的には「思春期の夏 〜君との恋が今も牧場に〜」では、楽器の音、パーカッションがその後のミスチルに大きな影響をもたらしたと考えます。
桜井さんもこの楽曲について
「バンジョーみたいな音を入れたりして。カントリーと打ち込みの音の微妙な混じり合いみたいな気持ちよさを出そうと。」
引用元:『GB』 ソニー・マガジンズ 1993年1月号
と話されたように、様々な音が収録されて、ギター、ベース、ドラム以外の楽器、音が多く混ざる楽曲です。それが後の
- LOVEはじめました
- ヒカリノアトリエ
- 幸せのカテゴリー
などに繋がります。
演奏者としてその音たちとどう折り合いをつけて楽曲として成立させるかが難しそうです。
「星になれたら」は王道ポップソングとして
次に収録されている「星になれたら」は今なお根強い人気を博している楽曲で、アルバム曲でありながらTV番組のオープニングに抜擢されたり、ベストアルバムにも収録されています。
さらに上京ソングとしても位置づけられて、タレントの広末涼子さんや歌手の絢香さんはこの楽曲で励まされたとか。
1番Aメロ
この街を出て行く事に
決めたのは いつか 君と
話した夢の 続きが今も
捨て切れないから
サビ
動き出した 僕の夢 高い山越えて
星になれたらいいな
の歌詞からも夢を追い求めて故郷を離れる光景が目に浮かびます。
いわゆるポップソングの王道的で、世間が抱くミスチル像を反映する楽曲ではないでしょうか。
そのことはミスチル自身、ならびにレコード会社の人たちも認知されていて、4枚目のアルバム「Atomic Heart」を制作中にあまりにも実験的な楽曲が多いことに、レコード会社の人たちが「もっと星になれたらみたいな楽曲を作ってくれませんか」と説得したほどです。
それほど誰からも好まれて、かつセールスにも影響を与え得るということではないでしょうか。
言うまでもなく、その後の
- youthful days
- 箒星
- HANABI
などに繋がります。
「ティーンエイジ・ドリーム」で異空間を表現
次に収録されている「ティーンエイジ・ドリーム(I〜II)」は戻ることのできない過去を歌う抒情詩で、その世界観をスライドギターで表現された楽曲となります。
置き忘れたままの teenage dream
もうあの時は 戻らないけど
今もこの胸に 焼きついたまま
その楽曲が持つ世界観が、2番のサビを終えて急展開します。
この手で世界を動かした
一日中笑っていたい
まるで異空間へと突如放り出されたような曲調で、この表現こそがその後のミスチルに大きな影響をもたらしたのではないでしょうか。
異空間を音で表現する、その表現方法については素人では分からないですが、確かに通常とは異なるアプローチです。
- 光の射す方へ
- UFO
- 過去と未来と交信する男
これらの楽曲が異空間を表現されたと思いますが、こう並べてみるとその表現方法のひとつに桜井さんの声にエフェクターをかけるとそう聴こえます。
特に「光の射す方へ」と「ティーンエイジ・ドリーム(I〜II)」の曲の展開方法が似ていて、1曲で2曲分を聴いてるかのような変わりようではないでしょうか。
「いつの日にか二人で」で楽曲主義を全面に
アルバム最後に収録されている「いつの日にか二人で」はピアノとストリングスと桜井さんの声のみで、「車の中でかくれてキスをしよう」と同様にバンド主体ではない楽曲となります。
「ミスチルは楽曲主義かバンド主義か」記事でも記載したようにミスチルが他のバンドと一線を画すのは楽曲を成り立たせるならば自ずとバンド音は要らないという姿勢で、おそらくミスチルメンバーの許容のもと制作されたと推測します。
その後のピアノとボーカルで構成される楽曲として、
- 安らげる場所
- memories
- 手紙
などが挙げられます。
最後に
いかがでしたでしょうか。
アルバム「KIND OF LOVE」には、その後のミスチルに関連する楽曲が多く収録されたアルバムであったことが頷けるのではないでしょうか。
加えて、全曲レビューして整理してみるとアルバム「IT'S A WONDERFUL WORLD」に収録されている楽曲との関係性を見いだせることが分かります。
「IT'S A WONDERFUL WORLD」はポップバンドとして原点回帰したアルバムで、そのことは「KIND OF LOVE」がポップな楽曲を制作したアルバムであることも同時に裏付けます。
さらに「KIND OF LOVE」では「虹の彼方へ」「抱きしめたい」「星になれたら」の楽曲がクローズアップされますが、全体で見るとバラエティに富んだ楽曲が多く収録されていますね。
それはまるでアルバム「シフクノオト」に通じるのではないでしょうか。
