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ミスチルアルバム「miss you」に収録されている楽曲で好きな歌詞7選

ミスチルアルバム「miss you」に収録されている楽曲で好きな歌詞7選

miss you

ミスチルの21枚目のアルバム「miss you」はミスチルにとって実験的で内省的な作品となります。
具体的に、年齢が50代になり何を「miss」失って、何を得たのか。いわゆるミドルエイジクライシスの実情を楽曲に落とし込み作品化した、邦楽でも稀有なアルバムではないでしょうか。
※そのアルバム全体の感想については別の記事でまとめています。
ミスチルアルバム「miss you」で50代が何をmissしたのか整理してみた
そこで、本記事はその実験的で内省的なアルバム「miss you」に収録されている楽曲で、個人的に特に好きな歌詞を7つ選びました。

黄昏と積み木

アルバム「miss you」に限らず、ミスチルの楽曲、ひいては全音楽家による楽曲のなかで上位に入るであろう歌詞になります。

欲張らないでいれば
人生は意外と楽しい
まして君と2人なら
2倍以上の価値がある

欲張ることにより、自らの幸福度のハードルを上げていると自覚されている方がいるのではないでしょうか。
欲は、睡眠欲、性欲、食欲などの内在的に潜んでいるものに限らず、他人との比較により生じた欲もあります。その一例が承認欲求や自己顕示欲などで、SNSで個人のプライバシーを自由に発信して、受信する社会では、相互にその欲を満たそうと躍起になってるように見受けられます。
それを鑑みてなのか、「欲張らないでいれば、人生は意外と楽しい」。
この「意外と」というのは、それらの承認欲求や自己顕示欲を遮断してみれば、意外と満たされる。自らの周囲の環境や周りにいる人だけを見て、君が存在することで幸せを感じる、そんな歌詞です。
さらに君といると2倍ではなく、「以上」というのも考えさせられます。

おはよう

前述の「黄昏と積み木」の「2倍以上」という歌詞と繋がります。

僕の心 その容積の
半分以上は君のだ

「半分」ではなく、「半分以上」です。
数学のように2倍したり2で割ったりしては求められない、人間の感情が物質的な数値化に馴染まない表現のようです。
2曲で表現したそれらの歌詞はまさしく桜井さん夫婦の関係を表していて、その愛を宣誓した2000年の楽曲「Hallelujah」から達した境地のように感じます。

Are you sleeping well without me?

明け方 エチュード弾きたくなって
幾度もレミレドで躓いて
スコアを睨んで指で辿る
繰り返し 間違って

前述の2曲が、桜井さんがアルバム制作時に感じた心情を吐露した、意味のある歌詞だとすると。この「Are you sleeping well without me?」の冒頭の歌詞は、特に意味、意図がないように感じます。
意味のない歌詞を綴ることが可能で、自由な領域で、この歌詞を思いつく、当てはめることの凄さを感じます。
「明け方」「エチュード」「レミレド」「繰り返し」「間違って」。
このフレーズを楽曲に組み合わせるセンス。
もしかしたら桜井さんの実話なのかもしれませんが、仮にそうであっても、楽曲の歌詞として落とし込むものだろうか。芸術の奥深さを感じます。

雨の日のパレード

「遠慮は要らねぇぞ 思い切り掛かってこい」と息巻いて
子供の飛び蹴りがミゾオチに決まって 体を屈める

前述の「Are you sleeping well without me?」と同様、なぜそれを歌詞にしたのか不明な点が興味深いです。
桜井さんの楽曲の作り方はメロディが先で、そのメロディに歌詞を当てはめていきますが、そのメロディになぜこの歌詞を当てはめたのか、または当てはまったのか。
不可思議と同時にセンスも覚えます。
仮に実話であっても、文章化された歌詞をメロディに当てはめるには難しい、素人ではそう感じざるを得ません。

I MISS YOU

アルバム名にも使われたフレーズ「miss you」は、まさにアルバムを象徴するキーワードです。
その「miss you」がどのような言葉かを、比喩で説明した冒頭の歌詞です。まさしくアルバム全体を暗示する暗鬱さを表現しています。

寝苦しい夜 汗ばんで
張り付いた Tシャツのように
悪いイメージが離れないぜ

ミスチルの過去のアルバムを遡ると、アルバム1曲目の冒頭の歌詞は、桜井さんにとって神経を研ぎ澄ませて慎重に、そして大胆に表現していることが分かります。

Q「CENTER OF UNIVERSE」

今 僕を取り巻いてる世界は これでいて素晴らしい

シフクノオト「言わせてみてぇもんだ」

愛想を尽かしてくれても 一向に構わない
君の言う「永遠」など 僕だって当てにしてない

SENSE「I」

もういいでしょう!?
これで終わりにしよう

アルバムを聴き始めての冒頭で、聴き手が引き込まれるそれらの歌詞は、いわゆる掴みを得た瞬間ではないでしょうか。

Party is over

泣いてる人の前で
シャンパン開けてはしゃぐような
君じゃないだろう

この歌詞は、他の記事「インスタを見て泣いている人がいる!?」にも書きましたが、どうもSNSにおける「幸せいっぱいの投稿」が、不幸な人にとって見せびらかしに映ることを直接表現しているように感じます。
仮にSNSの投稿で不幸に不幸を重ねたとしたら、「見なければいい」のひと言で終わりますが、そう容易く人間の心を制御できない、悲哀も同時に感じます。

Fifty's map ~おとなの地図

どこにも逃げれない
そう過去にも未来にも

過去には戻れないとして、「miss」した未来でさえも残された時間が少なく、自由が効かないことを表現した歌詞のようです。
まさしくミドルエイジクライシスで、これが20代で制作した楽曲なら有り余った「未来」を逃げられる時間軸として当然含めていないのではないでしょうか。
そんな悲観な状況をどう打破するか。

窓から空気吸って
似てる仲間が
ここにもいるよ

で、仲間を探して背中を讃え合うアプローチを促すところが、より身近で救いさえ感じます。

最後に

いかがでしたでしょうか。
ミスチルが1992年にデビューしてから今なお楽曲制作を続けていることは、同時に桜井さんにとって歌詞にするために自身の感情を顧みて吐露する作業を繰り返してきたことでもあります。
それは自分の欲深さ、弱さ、憎たらしさなどの負の感情と向き合う作業のようで、音楽活動で得た富と名声とは真反対に位置するようです。
そんな負の感情を見つめ直す作業で、奢らず傲慢にならず、むしろ「こんな僕なんか」という正直な感情が「deja-vu」の「あぁ僕なんかを見つけてくれてありがとう」に詰まっているようです。
それはある種、悟りを得た境地のようです。
ミスチルが今後どのような楽曲を制作して、歌詞を綴っていくのかますます興味深くなります。